aloha-classic.com

« Abril 2012 | back to top. | Junio 2012 »

Mayo 22, 2012

notebook.

13年間使ってた手帳が、ついに壊れた。
壊れたといっても、まだ使おうと思えば使える範疇なのだけど。

もともと、一言的な日記を書くのが好きだったから、
どちらかと言うと予定表というよりも簡易日記帳という目的で
高校生の頃からずっと手帳を持っている。

社会人になる事を意識し始めた頃、
ミニリフィルサイズの手帳からバイブルサイズのものに変えたくなり、
それで買ったものだ。

デザインはもちろん気に入っていたし、
13年も使い続けたとなると、愛着もひとしお。

いざ、買い替えようと思っても、
なかなかしっくりくる逸品がない。

今となっては仕事でも使っているため、
修理してこれを使い続けるか、
消耗品としてあきらめ、早く次を手に入れるかジャッジしないといけない。

と、ふと思ったこと。
修理すると、いくらくらいかかるんだろう?

いずれにしても、仕事で毎日使うものだし、
仕事へのモチベーションにも少なからず影響するものだから
妥協すんのはやめよう。

しかし、あらためて。
我ながら物持ちが良い♪


by aloha-classic.com
Kama'aina ; ☆☆☆☆
Me ke aloha ; 1,019

posted by ALOHA. : 11:33 PM | comment. (0)

Mayo 09, 2012

母へ

大好きで、
いっぱい親孝行して、いっぱい長生きしてもらって、
これから長く笑顔で過ごしてもらいたかったお母さんへ。

/////

『感謝の心で暮らします
 人に喜んでもらうことをさせていただきます
 不平・不満・人の悪口・愚痴は言いません』

松戸に住んでいる頃、誰かの名言なのか新聞の記事なのか、お母さんがチラシの裏に書き留めて「あんたも、こういう心を持って生活しなさい」と教育されたのを覚えています。
中学・高校と少しグレてしまっていた頃だったと思うよ。

『リウマチ』という病気の重さや辛さがわからず、お母さんの立場にたって物事を考えられなかったから、僕はお母さんに心配ばかりかけ、学校には呼び出され、警察にも迎えにきてくれ、たくさん迷惑をかけました。

感謝の心どころか、その真逆の生活を送っていたと思います。

高校3年間、お母さんは毎日お弁当を作ってくれました。朝は特にリウマチの痛みがキツく、指が病気で変形してしまっているのに、毎日作って持たせてくれたね。「ありがとう」って、僕はちゃんと伝えたっけ?

お母さんは、僕がそんな頃から、どんな悪さをして世間に迷惑をかけている時でも、いつも僕を信じ続けてくれ、見守り、何よりも常に味方でい続けてくれました。

社会に出て、その厳しさを自身で痛感してからは、歳を重ねていくほど、お父さんとお母さんの偉大さと強さを感じています。

いっぱい親孝行をしてあげたい。
心からそう思い始めて、それからは『親孝行』が僕の1つの人生のテーマになりました。今もずっと考えているよ。
自分の身体のことより、いつも僕の身体のことを案じてくれていたよね。健康も人一倍気を遣い生活しているよ。お父さんにも言われたんだけど、タバコは辞めようかね?
仕事も、とても応援してくれていたね。お母さんの『好奇心旺盛』な性格と『感受性豊か』な性格を引き継いで、僕は広告の世界で頑張っています。僕が手がけたCMを見てくれた時は「お兄ちゃんが作ったCM見たよ」って言ってくれたね。そんなの気にしなくても良かったのに。笑。ありがとう。キツい業界だけど、これからも仕事に誠意と情熱をもって頑張っていくよ。みていてね。

自分の充実や幸せをもっての親孝行だけでなく、お母さんへの直接的な親孝行もいつも考えていたよ。話をする時間を増やしたり、美味しいものを買って帰ったり、旅の話をしてあげて写真をいっぱい見せてあげたり。そのたびに興味を寄せニコニコしているお母さんがとても大好きでした。

ある日、僕がさっちんと結婚することを報告したら、僕以上に自分に起きた幸せとして大喜びをしてくれたね。
あの時の笑顔と「わぁ!嬉しい!おめでとう!」は僕の記憶に鮮明に焼き付いていて忘れることはありません。
僕に起きる幸せのすべてを、お母さんはいつも自分のことのように喜んでくれました。

僕が大好きな本でお母さんにも薦め、お母さんも気に入ってくれたその本の中に、こんな一説があります。

//////////
母親というのは無欲なものです

我が子がどんなに偉くなるよりも
どんなにお金持ちになるよりも
毎日元気でいてくれる事を
心の底から願います

どんなに高価な贈り物より
我が子の優しいひとことで
十分過ぎるほど幸せになれる

母親というものは
実に本当に無欲なものです

だから母親を泣かすのは
この世で一番いけないことなのです
//////////

お母さんは僕が生まれてからずっと、自分の人生を僕に捧げてくれました。

僕は、お母さんの子供に生まれ、お母さんに育ててもらい、今もなお、こうして支え守ってもらえていることに誇りに思います。

今まで本当にありがとう。

もう浦和のおじいちゃんとおばあちゃんには逢えたのかな?
お母さんのことだから、道中寄り道をしながら、あれを買ったりこれを買ったり、道端の花を摘んだり、まだ到着してないのかな?なんて思ってるんだけど、どうなんだろう。

やっぱりね、さみしいよ。
お母さんには、もっともっと色々なことをしてあげたかった。
何かにつけて「これもお母さんにしてあげたかった」ってどんどん思いつく。

本当は、ずっとそばにいたいけど、僕らはもう少しこちらで頑張っていきます。特に僕はたくさんの人に迷惑をかけちゃったから、もっともっとたくさんの恩返しを多くの人にしていかなきゃ。

お母さんの優しさと強さを胸に、これからも頑張っていきます。

あらためて。
僕はお母さんの子供に生まれ、育ててもらえたことを誇りに思います。

ありがとう。

2012年05月04日
貴之


by aloha-classic.com
Kama'aina ; ☆☆☆☆☆
Me ke aloha ; 1,018

posted by ALOHA. : 06:37 PM | comment. (0)

Mayo 01, 2012

be filial to my parents.

親孝行について、いつ頃から考え始めただろう。

少なくとも、社会人になって
4〜5年はヘラヘラと過ごしてきて、そんな事は考えてなかった。

考えてなかった、というのは言い過ぎかもしれない。

たまには考えてた。
初任給で何かしてあげよう、とか。

車を買う時は、家族みんなを僕の運転で旅行に連れて行きたい。
そう思ってミニバンを選んだ。

学生時代は、ずいぶんと父親をナメていたものだ。
父が卒業した大学よりも、もっと上の大学を僕は合格できるんだ、とか。
父の社会人キャリアより、僕の方がずっと上を行けるだろう、とか。

社会人になって、世間の荒波にもまれ、
いかに自分が通用しないのかを痛感した。

その荒波から逃げるだけで精一杯だった。
とても立ち向かえる人間力がなかった。
僕は、それさえ培ってこれてなかったのだ、と実感した。

自分が社会から必要と思われるようになりはじめた頃、
ふと、父の偉大さを感じ始め、頭で理解できるようになってきた。


ある時、実家に帰った時。

僕は、母が大好きだから
母のそばにいる事が好きだったし、
23時、24時になってダラダラと新聞を読んでいる母に、
「もう歳なんだし、早く寝ろよ」とぶっきらぼうに言いながらも、
母と夜遅くまで話したり、一緒の部屋で時間を過ごしてるのが好きだった。

僕はPCをパチパチしながら目も合わさず話していたけど、
でもチラチラとは母親を見ていたりした。

母親はいつもニコニコしていて、
その笑顔が大好きだったからだ。

そんな母親のことを
「あれ?こんなに小さかったっけ?」と思ったことがあった。

身長も、放つオーラ的なものに関しても。
うまく表現できないけど「寂しさ」みたいなものがドッと僕の心を貫いた。

その頃からだと思うけど、
とにかく「親孝行」についてが、僕の心の中でより大きなテーマになっていった。

仕事とか私生活を充実させて精神的親孝行に比重をおくべきか、
それとも
介護や顔を合わせる時間を極力多く持つみたいな物理的親孝行に比重をおくべきか。

ここ最近では、それをすごく考えるようになっていた。

母は強いし優しい。
いや、優しくて強い、なのか。

そんな母だから、介護や顔を合わせる『物理的親孝行』に比重をおくと、
何だか僕が叱られそうだったし、
きっと母も、それ以上に仕事や私生活の充実『精神的親孝行』を僕や妹に望んでいるだろうと僕は思っていた。

だから、頑張れた。

何かを始めるのに遅いなんて事はないと思う。
それは仕事や勉強だけでなく、親孝行だって一緒だと思う。

だけど、親孝行はどんなにベストを尽くしても、
親が息を引き取った時、『ベストをやり尽くした』と思えないものだと思った。

あれほど余裕があると思っていた時間が、
あまりに短すぎると痛感した。

短すぎる。

人間、1人1人の人生は、すべてドラマチックなものだ。
あらためて、そう思った。

生きてる人みな、人生の主役なんだ。

そして僕もまた、1人の主役として、この世に生を受けた。
父と母によって。

僕には大切にすべき『日』がある。
いや、みんなそれぞれあると思うし、言い換えよう、僕に“も”大切にすべき『日』がある。

父が生まれた日、母が生まれた日、妹が生まれた日、妻が生まれた日。
妻の父、母、お姉さん、親戚、先輩、後輩、etc。

ただ、僕にとって強烈に大切な1日に、4月29日が加わった。
僕が生き続ける中で、何より優先すべき日になるだろう1日だ。

親孝行に終わりはない。
たとえ、親が息を引き取ってしまっても、親孝行に終わりはないんだ。

あれをしてあげれば良かったな。
あれを食べさせてあげたかった。

後悔、‥いや、後悔じゃないな‥無念な思い?みたいなものは確かにある。
でも親孝行って、親が亡くなってしまったら終わりか?って、そうじゃない。

少なくとも、僕はそれを学べた。

人生には色々なテーマがある。
でも、僕にとっては、親孝行は永遠テーマの1つだ、と学んだ。
ヤメる事は、絶対にない。

未知で広大なテーマだな、と歳を重ねる度に思う。
でも、親孝行っていいなって思うし、もっともっと考え実行しなきゃ、と思う。

僕がどんなに歳をとっても、僕はずっと『父と母』の子供だから。

ほんの10年前までは、ちっとも考えていなかった事が
今では僕のとても大きなテーマだ。

親孝行を考えない日はない。

義務的に思う事じゃない。
心底、思っていることだ。

4/28、4/29、4/30と、いっぱい泣いた。
こんなキャラじゃないのに、涙が止まらない。
顔がくしゃくしゃになって泣いている。

これからもずっと思うだろう。
もっと、あぁしてあげれば良かったな。
どうして、あの時にあれをしてあげなかったんだろう。

それでも、僕は僕を生んでくれた両親への孝行を
これからもずっとテーマにして生きていく。

何か書き残しておこうと思って指を走らせたけど、
だんだん話が一人歩きし始めてきた。

今日はここまでにしよう。


by aloha-classic.com
Kama'aina ; ☆☆☆☆
Me ke aloha ; 1,017

posted by ALOHA. : 03:24 AM | comment. (0)